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7月27日 「AF人の会2006」~歌舞伎町を考えるシンポジウムの開催より [KIHEI]

7月27日(木)、歌舞伎町二丁目の風林会館5F(旧キャバレーニュージャパン跡)のスペースを使って「AF人の会2006」というシンポジウムが開催された。この「AF人の会」というのは「ファッションは常に変化を求めます。新しいコトやモノを生み出すには刺激が必要です。人間も同様です。異なる国、異なる業界、異なる企業、異なる年代、異なるジェンダーの人々が出会い、刺激を受けあうことで新しい発想が生まれます。ファッションを中心とした出会いの場、コミュニケーションの場を継続的に作ろうということで企画しました。」というもの。“AF人”の意味は、A:アジアのA、AクラスのA、単数を意味するA、F:ファッションのF、フリーのF、フレンドのF、人:人的ネットワークの人、個人の人。「アジアスケールのファッションを応援する」草の根的勝手連であり、あくまで個人参加という会。歌舞伎町が今生まれ変わろうとしているなかで、エンターティンメントやアジアファッションをテーマにした新しい街づくりを目指す「歌舞伎町ルネッサンス」、その変貌しつつある歌舞伎町を体感するという趣旨をこめてこのシンポジウムを歌舞伎町での開催となった。

このAF会の世話人としては、岡本義行氏(法政大学大学院教授)・尾原蓉子さん(IFIビジネス・スクール学長)、加藤尚彦氏(財団法人日本ファッション協会理事・GD)、清原雅文氏(株式会社オンワード樫山 常務執行役員)、清水義次氏(株式会社アフタヌーンソサエティ社長)、中川俊明氏(株式会社伊勢丹 海外統括部長 執行役員)、平井克彦氏(アジアファッション連合会 日本委員会委員長)、三宅正彦氏(株式会社サンエー・インターナショナル社長)、保元道宣氏(オンワード樫山 顧問)。繊維・ファッション業界関係者を中心に、歌舞伎町ルネッサンスにおける「喜兵衛プロジェクト」にコンサルタントとして関わっているアフタヌーンソサエティの清水社長も入っているということもあって、歌舞伎町にシンポジウムを誘致したという具合かな。

シンポジウムは二部構成で、「アジアファッションシティとしての歌舞伎町を考える」というシンポジウムが第一部、二部はパーティといった構成。

正直、喜兵衛プロジェクトについてはこのブログでも散々批判もしてきて、つまり前回の会合でもこのシンポジウム開催の話を聞いたときも「そんなことをやってる場合ではない、今はもっとクリーン作戦(暴力団やゴミ問題、ホームレス対策)の方が急務だし、そちらにエネルギーを割くべき。実際限られたマンパワーでいくつものプロジェクトにエネルギーを割くのは無駄ではないか?喜兵衛プロジェクトが機能しているかのごとく見せ掛けのイベントはすべきでないし、行政発注のコンサルであるアフタヌーンソサエティにだってまだまだ地域のコンセンサスはとれてない。そんなことより、まず、街を綺麗にしようよ。」と訴えたのではあるが、とはいえ批判はしながらもやはり支える側にいるのも事実、まして歌舞伎町の外から見た目、アイディアというのも聞くのはいいことだしなぁ・・・と、やや悔しいがシンポジウムに顔をだしてみた。

シンポジウムのパネラーにはwebデザイナーやファッション関係者、音楽・イベント関係、空間プロデューサーなどが座り、最初は実体をよく知らない人たちがどんなことを言うのかとやや斜めに聞いていた。大体、議論は概ね以下のような内容。

歌舞伎町という街には、いまだにドリームがあると感じている。ここでは、法に触れさえしなければなんでもあり。しかし一方で、若い世代はイメージから入るので、歌舞伎町の汚い・怖いというイメージも強く、これを払拭していくためには非常に戦略が必要なのではないか。しかし、歌舞伎町に一歩足を踏み入れてみると、そんなリスクも感じないしカフェもあったり飲食店も充実していたりする。つまり、悪いイメージは、むしろ歌舞伎町に来たことのない人たちの持つ映画や本、マスコミによって作られたイメージによって支配されているのではないか。そこで「バーチャルな空間と、リアルを結びつけるような歌舞伎町ポータルサイトの充実を図れればと思います。そこにはアジアのファッション情報や音楽もあるようなものを作れたらいいですね。」(web プロデューサー:泉智氏)という提言、つまり歌舞伎町に足を踏み入れない人たちに、でもけっこう面白そうでしょ的な発見をしてもらって、足を向けさせる誘引にさせる。これは自分としてもそう思ってきたところだし、ただ手が足りないというのを言い訳にペンディングにしていた課題だったので、泉氏とは直接話して今度はよくしよう委員会あたりに来てもらい、一緒にやってみようかと考えている。

ファッションプロデューサー:坂口昌章氏

喜兵衛プロジェクトがらみで、下地の情報として空き室・空きビルが大量にあるといったイメージがみなさんにあったようで、「それならまずスケルトンにしてもらって、そこでデザイナーなりクリエイターなりが好きに何でも出来るとか、広場や通りを開放、もしくはここからここまではスキに使っていいよということになれば、若い人たちは本気で智恵を絞ると思います。東京ストリートコレクションを歌舞伎町で是非やってみたい。しかも、同時にストリートライブとしての音楽もあり、架設や限定期間のショップやカフェを空いているスペースでやったりする、ここにはアジア、あるいは海外の人たちにも参加させ、アジアスケールのものをやれたらいいですね。」(ファッションプロデューサー:坂口昌章氏)。歌舞伎町を舞台にして、ここで人に見せたい、発信したいという人たちは大勢いるだろう、そこに劇場がある、スクリーンがある、ホールがあるということではなく、路上、広場、そういうところを行政に協力を得て若いクリエイターやデザイナー、ミュージシャンに解放しましょうという意見では音楽プロデューサーとしてパネラーとして参加していた武澤啓之氏もだいたい同意見。しかし課題も提示があった。

「これは全国どこの商店街に行っても同じなのだが、商店街というものはよそ者を受け入れない、そんな方向で団結してたりする。そして疲弊し、シャッター街になってしまっている。そういうところをどうして開放できないのか。しかも高齢化が進み頭がみなさん固い。新しいものを受け付けない。しかし、時代も変化し産業構造もその形態も変化している。通常、疲弊衰退があれば家賃も下がって地価も下がり、そこでやっと新たな商売ができるように、新陳代謝が起きる。しかし、実際はほとんど地価は下がらない。だから結局駅前なんかはパチンコ屋だのサラ金だのに埋め尽くされてしまう。そうならないようにするなら、とにかく家賃を下げて貸せってことを言いたい。」とか「拠点がないとなかなかはじめにくいしイメージが伝わらない。たとえば行政が買い上げるなり借り上げるなりしてそういうことはできないのか?」、「若いクリエイターたちが育つ為の装置として街が機能するような、それはクリエイターと地域をつなげたり、あるいはメーカーにつなげる。実際、変わったもの、面白いものを作る人たちはたくさんいるのだが、それがビジネスにつながるようなシステムがほとんどない。たとえば歌舞伎町にはそういう若手クリエイターや起業家を支援していく装置のようなものがあるのかないのか、あるいは装置をつくれるのかどうか?」と言う意見も出た。「歌舞伎町という街にはこれだけの賑わいがあり、場に力がある。日本、アジアの中で、非常にユニークな街としてありつづけるためには一体なにをどうすればいいのか。今の閉塞した都市産業・文化、あるいは若者達を街や行政が心を大きくして受け入れてくれたらいいと思います。」というのが清水社長(アフタヌーンソサエティ)の締めだった。

シンポジウムの後、パーティには中山区長も顔を出され、喜兵衛プロジェクトの新村雅彦氏(とんかつにいむら会長)と藤田文男氏(㈱スペーストラスト新宿支店長)と乾杯^^


この日、16:30から18:30まで、新宿区役所前広場では定例になってきた「歌舞伎町ライブミュージックプロムナード」によるプレ演奏としてのジャズライブが行われた。AF会のシンポジウムとパーティの合間に抜け出してジャズを聴きに来る人たちもちらほら。次の新宿区役所前演奏は8月24日(木)、そして第三回歌舞伎町ライブミュージックプロムナードは9月6日に開催されることになっている。

 

歌舞伎町において、空き室問題はエリアや一丁目、二丁目においても大分様子は異なる。たしかに二丁目には空き物件は増えているが、だからといって家賃を下げたら借り手が付くのかといえばそういうものでもない。実体として、たとえばワンルームマンションは20~25㎡で10万から13万くらい。10万を越えてもかつては外国人は借りたが、その外国人が減ってきたことで、その相場で借りる日本人はいない。通りを越えれば8万9万に下がるし、では8~9万まで下げたからといって実際は建物が古くセキュリティもインフラも良くない。結果として借り手は付かない。外国人の借り手を増やすかもしくは新しく建物を建て替えるしかないだろう。それ以前に、住むならもっと快適な街はいくらでもある。快適でないのは、つまりセキュリティの問題、明らかにまだまだ歌舞伎町は浄化が不足していることに原因がある。新たな都市型産業の誘致というのは、基本的にそこにきてビジネスになるかどうかがポイント。つまり仕事になれば自然に人は集まる。しかし、これもセキュリティの課題が常に残る。自分としては、あくまで地域浄化にプライオリティを置くという考えに変わりはないし、まだまだその部分は足りていないと思っている。

しかし、一方で歌舞伎町が今でも「アジア・日本でも有数のユニークな魅力を持つ街」であるのは事実だし、そういう意味ではそのユニークさ、他に代わりがない街としての特色は持ち続けるべきとも考える。なんでもありの街、そしてそこにクロスオーバーが生まれ、また非日常のある街、毎日がお祭りのような街、その魅力を形成してきた要因に非合法な部分があったからこそというのも事実ではある。しかし、インフラは老巧化し、街自体も歳をとり、同時に暴力団インフラの排除を掲げた以上、中途半端になるなら最初からやらないほうが良かったということになる。ある意味、この街独特のバランスがかつてはあったわけだしね。ホストのやりたい放題も客引きの仁義が失われたのも、実際バランスが崩れたことによる弊害という要素もある。これまでの取締りによって暴力団でさえその姿を大きく変化させてきている。そして、今後、より企業化する反面、企業化できない底辺は水面下にもぐりマフィア化して凶悪化してきている。したがって、もはや後戻りはできない。浄化は徹底的にやる以外他の道はないはず。とくに新しい話があったわけではないが、シンンポジウムのパネラーのような議論を実践してよい状態に早く持っていくためにも、ベースとなる街の浄化は一日も早く完遂しなくてはならない。その速度が街の利益ではないか。


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